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『タイラー・レイク −命の奪還−』アクション職人VSルッソ兄弟的アクションメソッド

 

 『タイラー・レイク −命の奪還− (Extraction)』

 

感想評価)Netflix映画タイラー・レイク 命の奪還(感想、結末 ...

 

 

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〈あらすじ〉

誘拐された少年を奪還するべく敵だらけの街に潜入する傭兵の死闘を描いたサバイバルアクション。裏社会の危険な任務を生業とする凄腕の傭兵タイラー・レイクは、ムンバイで誘拐された犯罪組織のボスの息子を救出するため、ギャングが支配するバングラディシュのダッカ市街地に向かう。敵のアジトに単身突入したタイラーは少年の奪還に成功するが、街中のギャングたちから猛追を受ける。絶体絶命の状況の中、卓越した戦闘スキルを駆使して戦うタイラーだったが……。(映画.comより引用)

 

 

現代アクション界を取り巻く状況

ここ5年ほど、ハリウッドのアクション映画を取り巻く状況は大きく変わって来ている。

ハリウッドに限らずアクション映画というのは長いこと映画産業のメインストリームであり続けているが、その時々で流行りのトレンドというものは確かにある。例えば80年代は重火器をマッチョなアクションスターが打ちまくる映画が流行ったし、2000年前後にはワイヤーとCGを存分に使ったアクションが量産された。

そして今のトレンドは、しっかりと訓練を受けたプロによる生身でタクティカルなアクションをしっかりとした映画的なカメラワークで映像に納めることにある。

それはCG時代のリバウンドからくる流れだろうが、アクション映画を作る人たちからすれば望んでいた最高の環境なのではなかろうか。自分たちが持っているアイディアと技術の結晶が正当に評価され、観客もそれを望み、楽しむ土壌が出来つつある。

 

そんな流れを作った立役者とも言えるのがアクション・コーディネート会社「87イレブン」。この会社が作った『ジョン・ウィック』シリーズや『アトミック・ブロンド』などで一気にプロの本気の技術を楽しむアクション映画が増え始めていった。他にもドニー・イェンのハリウッド進出に代表されるような香港アクション人材が世界中に広まっていったり、韓国映画の『悪女』のようにGoProなどの新技術の発展によってこれまでにない斬新なアクションシーンが生まれたりなど、色々なファクターがある。

なにはともあれ、ここ数年でアクション映画はどんどんと進化していきている

 

その流れに新たな着火剤となりそうなのがNetflixオリジナルで配信されている『タイラー・レイク −命の奪還−(Extraction)』だ。

 

監督はこれが初監督作となる新人サム・ハーグレイヴ。彼はクリス・エヴァンスのスタント・ダブルをしており、アクション・コーディネーとなどもしていた人物。そして脚本と製作にアンソニー&ジョー・ルッソ兄弟。主演はクリス・ヘムズワース

つまり完全にMCUマーベル・シネマティック・ユニバース)の人脈から作られた作品だ。

現在のアクション情勢を考える上で、MCUというのは絶対に外せない勢力の一つだ。中でもそのメイン・クリエイターであるルッソ兄弟は現状で最もアクションシーンを撮るのが巧い監督だと筆者は考えている。そして、そのルッソ兄弟の持つ巧さこそが、この『タイラー・レイク』が技巧派アクション時代へ投げかけるエクスキューズになっていると思うのだ。

 

熱量たっぷりのアクション職人サム・ハーグレイブ

この『タイラー・レイク』はアクション職人であるサム・ハーグレイブ監督のやりたいことと、ルッソ兄弟が作りたかったアクション映画のせめぎ合いによって生まれた作品だと思われる。

そもそものサム・ハーグレイブという人物はどちらかといえば「87イレブン」のクリエイターたちに近いスタンスの人物なのだろう。余談だが、「87イレブン」の中心人物で『ジョン・ウィック』の監督であるチャド・スタエルスキもキャリアの出発は『クロウ/飛翔伝説』でのブランドン・リーのスタント・ダブルで、そこから『マトリックス』でのキアヌ・リーヴスのスタント・ダブルなどを経ての現在に至っている。ハリウッドではスタント・ダブルからアクションを学び、監督へなっていくという流れがあるのだろか?

 

インタビューなどを読むと、この作品最大の見せ場となっている中盤の12分にも渡る1カットでのアクションシーン(実際には擬似1カット)はやはりハーグレイブ本人がどうしてもやりたかったシーンのようだ。ジョー・ルッソは「物語の要求に応えるようにアクションシーンは作るべき」と1カットで見せることに否定的なアドバイスをしたそうだが、そこはアクション職人として抑えきれない衝動があったのだろう。

このシーンも『アトミック・ブロンド』の二番煎じなのは否めず、技術的にもやや劣っているのも否めないが、その熱量は十分に感じられる。また『アトミック・ブロンド』と比較してどんどんと場面を移動し、それに伴いどんどんとバリエーション豊かなアクションが展開されていくところは超絶アクション見本市として、とても楽しいあたり。

 

この長回しアクションシーンに見て取れるように、このサム・ハーグレイブのアクション演出は堂々たる出来だと思う。クリス・ヘムズワースの巨体から繰り出される一撃一撃が重いアクションと言う描写を随所に見せてくれていたりとアクションがキャラクター描写に直接繋がる工夫も随所に見られる。「87イレブン」の作品群に比べると見劣りこそするが、そもそも初監督作をあれと比べることが酷と言うものだ。

定期的に名前をチェックして追いかけていく人物リストにしっかりと名前を追加した

 

ただ映画作家としては、やはりまだ未熟さは残ると思う。そもそもがアクション職人監督の映画とそこは気にせずに見ていたのだが、やはりクリス・ヘムズワース演じるタイラー・レイクと保護対象である少年との絆が本人たちが感じているほどは見ている側に伝わってこないのは痛い。せいぜい2日の間であそこまで密に絆が生まれるという題材がそもそも難しいとは思うのだが、はっきりとその辺りの描写に関しては不十分だ。途中で二人で腹を割って話たから友達という風には前後の細かい描写があって始めて成り立つものだ。

また、全体で見ると何度も挙げる中盤の1カット長回しアクションシーンに気合が入り過ぎてしまっている分、そこをピークに盛り下がっていってしまうのも否めない。

 

では、ルッソ兄弟的アクションメソッドとは?

ここまでは監督サム・ハーグレイブの色や実力について話してきた。だが最後まで見て感じたのは、これはサム・ハーグレイブの映画でもあるが、やはり同じくらいルッソ兄弟の映画でもあるなということだ。

その意味でハーグレイブのやりたい事が詰まっているのが中盤のアクションシーンであるならば、クライマックスに繰り広げられるアクションシーンは非常にルッソ兄弟的だ。

 

ルッソ兄弟の何が凄いのか。彼らはアクションシーンの中で物語を作り、それを映像として見せることに非常に長けている。つまりアクションを映画として見せることができるというのが彼らの強さだ。

 

そこで例として出るのは、やはり『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』におけるキャップvsウィンター・ソルジャーのシーン。このシーンは映画史に絶対的に残る名アクションシーンだ。このシーンでは超人的な能力を持つ二人の超スピードのアクションシーンが展開され、それだけでも十分楽しいのだが、それがどう切り取られているかに注目して見るとそこで展開される物語がよく見える。

このシーンではパワーバランスの駆け引きが描かれる。シーン序盤でキャップの武器である盾は弾き飛ばされてしまい、二人のパワーはほぼ互角になる。しかしウィンターソルジャーのマシン化された右腕が機能し始めるとパワーバランスはキャップの方が弱くなってしまう。そこでそのマシン・アームに対抗するには武器である盾を手にするしかない…!という風にアクションが展開され、そのパワーバランスの推移と、二人と盾の位置関係などが観客にわかるようにシーンが構築されている。

 

他にも『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のヒーローたちが繰り広げられる空港での大戦闘シーンも、キャップチームは目的地に辿り着けば勝ち、アイアンマンチームはそれを阻止できたら勝ち、というように勝敗のラインを単純化することでアクションの勢いは損なわず、観客が混乱もしないという作りになっている。

このように、ルッソ兄弟のアクションシーンは映画的だ。

 

クライマックは橋を渡れたら勝ち、さもなくば負けの単純ゲーム

そこから考えると、この『タイラー・レイク』は作品全体がその単純化されたルールで作られていることに気づく。勝敗はタイラー・レイクが少年を封鎖された市内から脱出させることができれば勝ち、できなければ負け。そしてその封鎖された市内はわざわざ川で囲まれており、もっと単純化すると彼らが川を超えられたら勝ちなのだ。

 

クライマックスの戦闘シーンがまさにその極地と言える。

武装した敵が守りを固める橋を突破し、川岸にいる味方のヘリに乗れるかどうかがこのシーンのゴールだ。そのためにキャラクターたちが作戦を練り、行動を起こし、それに敵が反応して対策を講じる。さらに展開が進むと、橋の中腹に守るべき少年が立ち往生ししまい、それを岸の両方向から助けようとするという構図に変わっていく。だが、これも両岸と橋という直線構図の中で展開されるため、観客は全く混乱しない。ルッソ兄弟的なアクションシーンは質の高いアクションの勢いを殺さぬまま、作劇として争点をはっきりとさせる。それは映画がグリフィスの時代から積み上げてきた技術でもある。

 

実はこれはアクション職人たちが自分たちのやりたいことを優先させるあまり、軽んじてきた部分なのではないか。もちろんそのアクションや体技の凄さも大事だが、まずは物語としてのサスペンスを生み出す構造を作り、それに追従させる形でアクションシーンを形作ること。ルッソ兄弟はそれを見せつけるためにこの作品を作ったのではないかとすら思える。

 

プロデューサーとしてのルッソ兄弟のコンセプトの一方でアクション職人気質で抑えきれない新人サム・ハーグレイブの熱量。この二つのせめぎ合いが作中に見て取れ、それが不思議なことに喧嘩せず上手く言っているのは面白い。

そして筆者自身は、この作品でルッソ兄弟が言おうとしていることは非常に重要なことの気がしている。

 

 

 

タイラー・レイク −命の奪還−

Extraction

2020年 / アメリカ / 117分  Netflix製作

監督 サム・ハーグレイブ

製作 ジョー・ルッソアンソニー・ルッソ、クリスヘムズワース他

脚本 ジョー・ルッソ

原作 アンデ・パークス『Ciudad』

〈キャスト〉

クリス・ヘムズワース
ルドラクス・ジャイスワル
ランディープ・フッダー
ゴルシフテ・ファラダニ
デヴィッド・ハーパー