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『ハリエット』こんなにカッコいい偉人を知らずに今まで生きてきたなんて

 

 ハリエット Harriet

 

 

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↓予告↓

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ハリエット・タブマン。

この人を知っている人は日本では少ないと思う。言ってしまえば、彼女の成し遂げた偉業も身を投じた戦いも日本人には関係のないことでしかない。だが彼女の生き様のカッコよさは史上トップ級だ。こんなにカッコいい人、他には中々いないとすら思う。

 

この『ハリエット』は題名の通り、そんなハリエット・タブマンの生涯を描いた作品である。受賞にこそ至らなかったものの、今年のアカデミー賞で主演女優賞、主題歌賞にノミネートされた。

はっきりといってしまうと映画作品としては粗が多く、全肯定という作品ではないと思っている。実際、アメリカの批評家サイトなどでもそういう意見は多いようだ。

ただ、このハリエット・タブマンというこの実在の人物の物語に心底度肝を抜かれ、その生き様のカッコよさに心酔してしまった。その出会いの力の衝撃を与えられたというだけでも、この映画を見る価値は十分にあった。また、この人を全く知らないという人がいるのであれば、筆者と同じようにこの作品こそ彼女を知る絶好の機会には違いない!

そういう想いからこの『ハリエット』を推さずにはいられない

 

 

不勉強ながら、この映画を知るまで彼女の名前すら全く知らなかった。日本ではほとんど知られていない人物には違いない。本国アメリカでは「アメリカ史で最も有名な10人」に選ばれたこともあるほど人気のある偉人。さらには新しい20ドル札の肖像にも選ばれた。史上初の紙幣に選ばれたアフリカ系アメリカ人という快挙だ。

日本よく知られているアフリカ系アメリカ人の歴史的偉人といえばキング牧師になるだろうが、そのキング牧師が成し遂げた偉業も、またはリアルタイムで巻き起こっている「Black lives Matter」という一大ムーブメントも、元を辿れば彼女に行き着くと言っても過言ではない。

 

 

ハリエット・タブマン、当時の名前はアラミンタ・ロス。通称ミンティは1822年にメリーランド州ドーチェスターに生まれた。身分は奴隷。

大人になり自由黒人のジョン・タブマンと結婚したミンティは奴隷主の借金返済のために売られることになる。「自由か死か」意を決したミンティは単身、脱走。奇跡的に奴隷制が廃止させられた自由州フィラデルフィアへ逃げ延びる。彼女は母親と夫の名前を組み合わせ、ハリエット・タブマンと名乗り始める。

そこからハリエットは自らと同じ境遇にある黒人奴隷たちを解放することに人生を費やす。その手腕を買われ、奴隷解放のための地下組織「地下鉄道」の「車掌」に仲間入りする。彼女の登場まで地下鉄道の車掌はほとんどが白人男性だったため、黒人女性のハリエットは明らかに異端だった。だが彼女の腕前は一目瞭然で、一度も失敗することなく奴隷州と自由州を十回以上も往復。助けた黒人奴隷の数はたった一人で70人以上にものぼる。次第に彼女は「黒人たちのモーセ」と呼ばれるようになる。

南北戦争では北軍側のスパイとして活動し、カンビー川の戦いでは150人の黒人舞台を率いる。そこで725人もの黒人奴隷を解放している。

奴隷解放運動の他にも女性参政運動にも積極的に参加し、南北戦争後は軍人恩給支払い要求活動や障害を持つ黒人のための福祉施設を造るなど1913年に亡くなるまでその生涯を捧げた。彼女自身も少女時代に奴隷監督から頭蓋骨が陥没するほどの傷を受け、ナルコプレシー(発作的な睡眠障害)に悩まされ続けてきた。

 

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実際のハリエット・タブマン



今まで記した彼女の経歴はできるだけ脚色されていない、実際の歴史として残っているものを書いた。脚色なしでこれである。

今まで映画でカッコイイ経歴のキャラクターたちを山ほど見てきたが、それでもここまでカッコイイ人ってのは限られる。しかも、それが実在する、黒人で、女性だ。

これほど映画的な人物もいないとは思うが、彼女の物語が映画化されるのはこの『ハリエット』が初めてらしい。なぜ今まで作られなかったのか定かではないが、ハリウッドという白人男性中心世界のことだ、大体の想像はつく

 

だが、彼女の物語ほど現代的なテーマを併せ持った題材も他にはないだろう。

ハリエットの生涯を描く以上、そこには人種差別という問題と直面する。

そこには女性という問題とも直面する。

ハリエットこそ、今の世に語るべき物語だろう

 

監督を勤めたのは黒人で女性監督のケイシー・レモンズ

最初に言ったように粗い部分も多いしご都合主義的な部分も多いのも確かなのだが、「ここはすごく良い!」といえる部分もたくさんあった

そして、その粗さや類型的な話運びも全て「いかにハリエットをカッコ良く見せるか」という部分に全勢力をかけたが故の結果のような気がしている。そのくらい他の登場人物の印象は薄く、ハリエット・タブマンその人だけ異様なまでのカッコよさを誇っている

 

その極地ともいえるのが彼女の睡眠障害の描き方だ。急に睡魔に襲われ、その場で眠り込んでしまうというのは史実に基づいている。だが、この作品においてはその睡眠が神のお告げを受信する、予知夢のようなものとして描かれている。それによってハリエットは敵を事前に察知し、逃れる事ができる。ハリエットは「黒人たちのモーセ」と呼ばれるが、本当にモーセのような神の声が聴ける人として描かれているのだ。

ここははっきりと評価が別れるポイントだろう。ご都合主義的な設定と言われたらぐうの音も出ない。ただハリエットをカッコ良く描くという意味ではカッコ良い。

 

他にも例えば、衣装。ハリエットが自らの人生に意義を見出し、奴隷解放に身を投じていくにつれてハリエットの衣装がどんどんカッコ良く、色鮮やかになっていく。絶対に奴隷主たちからの逃亡では目立ちそうではあるが、見た目はとにかくカッコイイ。そこにはブラック・ミュージックの最新発展系であるラップやヒップホップにも通じるイズムも感じられる

 

ブラック・ミュージックの使い方も印象的だ。この『ハリエット』ではまるでミュージカル映画かと思うくらい歌うシーンが多い。だがその「歌」というのが作劇としてはとても重要な働きをする。この映画におけるブラック・ミュージックは黒人奴隷たちにおける暗号のような声だ。辛い仕事中にみんなで歌い出しても、白人の奴隷主たちには気晴らしで歌っているようにしか見えない。だが当の本人たちはその歌でお互いを鼓舞し、会話をしている。ハリエットは歌を黒人たちにだけ聞こえる言葉として用いていく。それこそがブラック・ミュージックの起源であり、文字通りのソウル・ミュージックだ。

 

だからこそハリエット役にはシンシア・エリヴォが必要だった。

シンシア・エリヴォはトニー賞グラミー賞も受賞し、演技・歌唱共に折り紙付きの女優だ。だが当初はイギリス出身のシンシアがアフリカ系アメリカ人であるハリエットを演じることに批判も多かったらしい。

しかし、この出来栄えを見て文句をいう人がいるだろうか?

これを見てしまうと、このハリエット・タブマンを他の誰が演じられただろうかと思ってしまう。実際のハリエットより2cmしか変わらない152cmの小柄な体型。それでいて、どれだけ大きい白人男性と対峙しても引かない気迫と、不安を抱えた同志たちを引っ張るほどの指導力。その全てをシンシア・エリヴォは体現する。

そして彼らを導く、美しく、力強い、圧倒的な歌声!

シンシア・エリヴォ=ハリエット・タブマン

この親和性だけでも、この作品は絶対に見る価値がある!

またそのハリエットに自立した女性としての強さを教え込む師匠のような存在をジャネール・モネイが演じるのも熱い!

 

同志たちを導き、鼓舞する曲は全て実際に伝承されてきた曲だ

そして物語が終わり、その曲たちが伝承され進化発展した行く先として、シンシア・エリヴォ自身が作り、歌う『Stand Up』が満を辞して流れ出す!

その系譜を噛み締めて聞くと、彼らの歌っていた曲がルーツにあると殊更意識させられる。その歌詞はもはやハリエットの分身となったシンシア・エリヴォの言葉、中にはハリエット本人の言葉も組み込まれている。その歌声も、映画を見終わった我々にはシンシアの声であり、ハリエットの声だ

 

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今、リアルタイムで起こっていることは今に始まったことではない。たった今起こったように見えるなら、ただ自分たちが知らなかっただけ。あるいは見ようとしなかっただけだ。遥か昔から虐げられてきた人がいたし、遥か昔にもそこに声を上げて戦った人はいた

 

もしもハリエット・タブマンを知らないのであれば、この『ハリエット』がそれを知る絶好の機会だ

 

 

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