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『エイリアン3: オリジナル・スクリプト』幻のウィリアム・ギブスン脚本!完成版『エイリアン3』と、どこがどう違う?

エイリアン3: オリジナル・スクリプト

 

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 「もしも…」を想像したくなる代表格としての『エイリアン3』

映画史の中で「失敗作」や「黒歴史」と言われるような作品は山ほどある。しかし、その中でもトラブルや大人の事情により当初意図していたものとは全く違う形になってしまった可愛そうな作品というものも少なからずある。そして、そういう作品には「最初のビジョン通りに作られていたら傑作になったのでは…」という、もしもの話が付き物だ

 

『エイリアン3』はそのような不遇な作品たちの代表としてよく名前が挙げられる

リドリー・スコットが生み出したSFホラーの金字塔シリーズの3作目であり、後の名監督デヴィッド・フィンチャーの映画監督デビュー作。これだけ聞けば面白いことうけあいに思えるが、その製作過程でのトラブル多発や、プロデューサー陣の過度な要求を受けた若き日のフィンチャーに「新たに映画を撮るくらいなら大腸癌で死んだ方がマシだ!」とまで言わしめた作品でもある。

個人的には(特に『完全版』)はそこまで悪くはないと思うのだが、前二作に比べると、そしてデヴィッド・フィンチャーの作品としては見劣りはする。舞台となる刑務所を兼ねた惑星の雰囲気などは決して嫌いになれない。しかし脚本面では継ぎ接ぎのような展開も気になるし、なにせ2であれだけ大量のエイリアンを出された後となると原点回帰とはいえ流石に盛り上がりには欠けると思う。とはいえ全体的には嫌いにはなれない。

 

リドリー・スコットの1作目、ジェームズ・キャメロンの2作目の大ヒットを受け、当時の史上最高制作費を投入した作品だったが批評・興行共に振るわず、前述の発言までフィンチャーを追い込むことになったのだが(フィンチャーは次に『セブン』を撮れて本当によかった)、そもそも新人監督にその大役が回ってくること自体が既におかしい。企画準備段階から誰がメガホンをとるかも二転三転を繰り返し、デヴィッド・ウォード、レニー・ハーリンなどを経由して矢面に立ったのがフィンチャーだったということになる。

監督以上に、二転三転どころか四転五転を繰り返したのが脚本だ。幾多ものシナリオ・ライターが書いては離脱しを繰り返し、最後にはプロデューサーのデヴィッド・ガイラーとウォルター・ヒルがまとめたものが完成版の『エイリアン3』の脚本となっている。

 

 

幻のウィリアム・ギブスンによる脚本

しかしそもそもの企画の出発は、当時『ニューロマンサー』などでSF界隈を席巻していたウィリアム・ギブスンが脚本を担当することにあった。サイバーパンクの申し子であるウィリアム・ギブスンが明らかに影響元の一つである『ブレードランナー』の作者リドリー・スコットのもう一つの人気シリーズ『エイリアン』を担当するというのは、考えてみれば自然な流れだったかもしれない(本人も『ブレードランナー』『エイリアン』共にファンだったと公言している*1

そこで初めに言ったように映画ファンたちは「もしもウィリアム・ギブスンの脚本通りに作られていたら、『エイリアン3』は傑作だったかも…」と想像力を羽ばたかせてきた。

 

そこで立ち上がったのが『エイリアン』のコミックシリーズを展開しているダークホースコミックス。ウィリアム・ギブスンの幻の脚本を見つけ出し、それを本人監修の元、できる限り忠実にコミック化したものが、この『エイリアン3: オリジナル・スクリプト』である。

この作品を読むことで、『エイリアン3』のもしもの姿を垣間見ることができるのだ。また『エイリアン3』の製作の裏側でなにが起こっていたかを紐解くヒントになるかもしれない!

 

 

完成版と一から百まで全く違う!

随分と前置きが長くなってしまったが、やっと本題である『エイリアン3: オリジナル・スクリプト』の感想に入る。

 

西側陣営とUPPの間で冷戦が続く未来の深宇宙。ウェイランド・ユタニ社直属下の前哨基地、アンカーポイントに1機の輸送船がたどり着く。4年前、惑星LV‐426の調査に向かったまま連絡を断ったスラコ号だ。時を同じくして、ウェイランド・ユタニ社の科学者2名がアンカーポイント前哨基地に到着する。核戦争のリスクを取ってまで彼らが狙うものが、スラコ号にはあった...。

Google Books より)

 

色々と驚いたことはあるのだが、まず衝撃的だったのが我々が見ている『エイリアン3』とは根本から全く話が違う!噂には聞いていたが一から百まで全く別物と言っていい。本人も完成版に使われた要素は「バーコード型の刺青」だけだったと書いている*2このコード型の刺青も完成版では囚人の管理用のものだったが、ギブスン脚本版ではマルクス主義コロニーからの逃亡者の腕に刻印されたものであって全く用途が異なる。

これを読んで完成版と比較しようと思っていたのだが、そもそも比較が成立しないほど全く違うので面食らってしまった。

ついでに余談だが、このコード型の刺青というモチーフは『ターミネーター』からの引用で、『エイリアン2』の監督であるジェームズ・キャメロンへの目配せなのではないかと筆者は勝手に思っている。

 

まさかのリプリー不在

そして第二の驚きは、リプリーが出てこない!

これに関してはギブスンの落ち度ではない。シリーズのファンであるギブスンとしてはリプリーの登場シーンを減らすわけがないと明言もしている*3。このオリジナル・スクリプトは第二草案を元にしているのだが、その段階ではシガニー・ウィーバーは出演しない意向だったようだ。その後、自由な意見を発言していいと最大限の権力を与えられ出演を決定。そこでフィンチャーと大揉めだったようである。

 

そのため、この『オリジナル・スクリプト』の主人公はエレン・リプリーではない。リプリーは一応存在はしているが、ずっとコールド・スリープ状態のままであり、代わりの主人公となるのが『2』でマイケル・ビーンが演じたヒッグス伍長とランス・ヘンリクセン演じたビショップである。

その点も完成版とそもそもが違うところだろう。完成版を見たファンが拒絶反応を示してしまう大きな要因として、『2』でせっかく命からがら救出した少女ニュートが始まって早々にあっさりと死んでしまうというのがある。この『オリジナル・スクリプト』ではリプリーは昏睡状態だが、それ以外の生存者ヒッグス伍長、ビショップ、ニュートの三人はしっかりと登場する。

 

舞台設定も全く違う。完成版では鉄鋼業を主産業とした荒廃した惑星の刑務所が舞台だった。『オリジナル・スクリプト』では惑星ではなくコロニーが舞台だ。その設定が中々興味深い。ヒッグスらはシリーズでおなじみのウェイランド・ユタニ社のコロニーに到着し、予想通りエイリアンが中に入り込んでしまって大惨事となるという話なのだが、近隣にもう一つコロニーがある。そこはマルクス主義のUPP(先進人民連合)という別勢力のコロニーであり、資本主義の大企業ウェイランド・ユタニのコロニーと一触即発の睨み合いが続いているという設定だ。

例によって長いことエイリアンを探していて、兵器利用しようと考えているウェイランド・ユタニ社はそのコロニーに厳重に武装した研究者チームを派遣。これによって二つのコロニーの冷戦状態が終わり、核戦争の危機が訪れるという展開になってくる。

そして同時に、ウェイランド社より一足早くエイリアンのサンプルを入手していたUPP側も同じように兵器利用を考えるがエイリアンを制御できずに大惨事となる。

 

『オリジナル・スクリプト』のテーマは「共通敵に立ち向かうことで国家や思想の違いは超えられるのではないか」というものだ。これだけでも完成版とは全く違う。

 

また、このUPPという設定から『2』でヒッグスが所属した海兵隊が何と戦争をしていたのかもはっきりとした。その意味ではヒッグスを主人公に据えたからこそのテーマ設定とも言えるかもしれない。ついでにこの設定はギブスンがシナリオ・ライターとして参加した段階では既に決まっていたアイディアらしいので、ギブスンの発案ではないと思われる。

 

後のシリーズに出てくる設定の原石も

正直、エイリアンが内部に潜入して以降はいわゆるエイリアンな展開なので割愛する。

 

だが完成した『エイリアン3』には採用されなかったものの、後の作品で登場する設定の原石になったと思われるものもいくつかある。

 

まずはシリーズでは今回が初めてゼノモーフ(エイリアン)の精密な調査が行われる(完成版ではない調査はない)そこで、このゼノモーフも何者かに作られた生体兵器だったということが発覚する。この設定は後に製作さてれた『エイリアン』の前日譚という位置付けの『プロメテウス』『エイリアン: コヴェナント』ではっきりと描かれることになる。

この設定はギブスン本人が作ったものなのかもわからない。もしかしたら1作目を作った段階でリドリー・スコットがそういう設定を考えており、それを知ったギブスンが反映したのかもしれない。あるいはダークホース・コミックスがコミック化に際し、現行のシリーズとの整合性をはかるために付け加えた描写の可能性もある。

ただ、この設定がギブスン版の脚本にあるものだとしたら、後のシリーズに影響を与えた可能性も大いにあるだろう。

 

もう一つ、原石になっただろう設定がある。

この『オリジナル・スクリプト』で派遣されてくるウェイランド社の研究チームの目的はゼノモーフのクローンを作ることにある。だが当たり前のことだが、その研究は失敗しそのクローンのDNAと人間が結びつき、ハイブリッド体が生まれてしまう。

このアイディアは『エイリアン4』にそのままの形で活かされている。人間とゼノモーフをハイブリッドしたニュー・ボーンというのがそれだ。さらに驚くことに、このハイブリット・エイリアンはゼノモーフの容姿に人間の頭蓋骨が組み込まれたような見た目なのだ。このデザインもどっからどう見てもニュー・ボーンだ(コミックの作画担当が意図的に寄せたデザインにした可能性もある)

いずれにせよ、この人間とゼノモーフのハイブリッドというアイディアはギブスン脚本版から生まれたと言ってもいいだろう

 

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ニュー・ボーンくん(死に様があまりに可愛そう)



また、このハイブリット・エイリアンは例によって人間の体内から打ち破るように様に出てくるのだが、ここが人間の皮膚が膨張し、体があらぬ方向に曲がりながら、骨が粉砕されて出てくるという相当おぞましいシーンとなっている。もしもこれを映像化できていたら『プロメテウス』の自力帝王切開に並ぶようなショックシーンになっていたかも…そう思うと残念なシーンだ。

 

この『オリジナル・スクリプト』はできる限りギブスンの脚本を忠実に再現したものではあるが、コミック化する際にどうしても翻案というプロセスは避けられない。また分量から見るに、削り落とされた部分も相当数あると思われる。

 

結論: この脚本なら傑作になり得たのか

そういうことを考えた上で、このウィリアム・ギブスン脚本版をそのまま映画化していたとして、傑作になっていたのか。個人的にはNOだ。

まずはリプリーが出てこないという点は一つ大きい。そしてやはり、本質的な部分として我々が『3』に物足りなさを感じる『2』の物量作戦へのカウンターとしての面白さはない。その点では完成版の『エイリアン3』と同じような印象は拭えないのではないかと思う。ただ何度も書いているが、そもそも根本的に全く違いすぎるため、どっちが良いかという判断はどっちが好みかにしかならない。少なくとも「絶対にこっちの方がいい!」というほど、どちらの脚本にも差はない。やはり『エイリアン3』の評価は成功しすぎたシリーズ3作目の壁という、どのシリーズにも付き物などうしようもない問題に依るのだと思う。だから、強いて言えば後先考えずに作ったジェームズ・キャメロンが悪い。

 

さらに増えた『エイリアン3』の謎

この『オリジナル・スクリプト』を読むことで解けた謎もいくつかあったが、『エイリアン3』の製作裏には依然として謎が多いままだ。何なら、これを読んだことでさらに芽生えた謎もある。

 

なぜウィリアム・ギブスンは降板させられたのだろう。本編が始まる前のギブスン本人の序文で本人はこう言っている。

後に私は、プロデューサーたちが実用的な脚本ではなく、ある程度のサイバーパンクらしさを私に求めていたことと、最終的にはそれを誰か別の人間の脚本に混ぜ合わせることを考えていたと知った。*4

 

プロデューサーたちは作品にサイバーパンク要素を付け足す要因として、言うなれば1作目におけるH・R・ギーガーのような効果を狙ったのかもしれない。しかし、前述の通りギブスンはシリーズファンであり、もちろん元々SF小説作家であるため、正統派なエイリアンの続編を書き上げてしまった。それがプロデューサー陣の意向とは外れてしまったということなのだろうか…

 

もう一つの『エイリアン3』として読む面白さも、エイリアンを題材にしたコミックとしても読み応えはある作品だった。ビジュアル面に関しては従来のエイリアンシリーズと比べると、ゼノモーフの描写以外(コロニーの館内のデザインなど)は少々雑な印象を受けるところは少し残念。

ただ、歴史的な史料としても読む価値はある一作だった。

 

また個人的に『エイリアン3』の裏側というのは、とても興味惹かれる題材である。詳細なことを調べようにも、しっかりとまとまった文献なども少なく、その過程には謎が多すぎる。機会があれば、その謎を調べて行きたい気もするが、過酷な旅であることは間違いなさそうなので迷うところだ。

 

 

 

おまけ: 他にも見てみたい幻の作品たち

『エイリアン3』以外にも「もし実現してたらな〜」という作品はたくさんある。ディズニー版が完結した今となっては、ジョージ・ルーカスが考えていた『スター・ウォーズ エピソード7〜9』も見てみたい。小説でもコミックでもいいから出してくれないかな〜

 

あと情報がある程度出ているものでいうとアレハンドロ・ホドロフスキー監督版の『DUNE』は外せない。本人が赤裸々に当時の状況と未練たらたらっぷりを隠そうともせずに語る『ホドロフスキーのDUNE』というやたら面白いドキュメンタリー映画として実を結んだからいいものの、できれば見てみたかったものだ。ついでに、このホドロフスキー版の『DUNE』で集まったダン・オバノンやH・R・ギーガーたちがそのまま『エイリアン』を作ることになるため、あながちこの作品と関係していなくもない。それでいうと、デヴィッド・リンチのやりたいがままの『DUNE』も見てみたい。そろそろ公開のドゥニ・ヴィルヌーヴ版『DUNE 』はどうなのだろう…。あの人は、割と無難に作っちゃいそうだけど。

 

そして個人的に一番見たかったのは『ゴッドファーザーPARTⅢ』

本来はマイケルとトム・ヘイゲンの最後の戦いという超胸熱のものになるはずだったけど、トム役のロバート・デュヴァルとギャラで揉めたとかで今の形になったそう。現状の『PART Ⅲ』も全然好きなのだが、その話を聞かされると絶対にそっちが見たいよね…

 

 

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エイリアン3(字幕版)

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  • 発売日: 2014/10/01
  • メディア: Prime Video
 

 

 

*1:エイリアン3: オリジナル・スクリプト WORK FOR HIRE 雇われ仕事

*2:エイリアン3: オリジナル・スクリプト WORK FOR HYRE 雇われ仕事

*3:エイリアン3: オリジナル・スクリプト WORK FOR HYRE

*4:エイリアン3: オリジナル・スクリプト WORK FO HYRE 雇われ仕事