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果たして『ブラックホール』はディズニーの黒歴史なのか?

 

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 『ブラックホール』はディズニーの黒歴史

SF映画史というものを作るならば、1968年に『2001年宇宙の旅』があって、1977年に『スター・ウォーズ』があって、その後にも『ブレードランナー』に『ターミネーター』に『マトリックス』に…といった調子でたくさんの映画の名前が挙がっていくはず。でも、その中に名前が挙がる事なく歴史の闇に葬られていった作品もたくさんある。そして、この『ブラックホール』という映画は間違いなくそれにあたる。

 

1979年にディズニーが制作したこの作品は公開当時には鳴り物入りで公開されたそう。しかし自分たち20代前半にとってはディズニー作品であるにも関わらず、名前どころか存在すらほとんど認知されていない。それもそのはず、日本版のDVDは発売しておらず、ディズニー自身も歴史から抹消したいらしい。評判としてもディズニーの黒歴史とも呼ばれている。

そんな風に言われると見たくなるのが人の性というもので、なんとかVHSを見つけ、見てやった。

 

人間の居住可能な惑星を探す宇宙探査船U.S.S.パロミノが史上最大規模のブラックホールを見つけるところから物語は始まる。彼らがそのブラックホールへと近づいていくと、その目前で引き込まれずに宇宙空間を漂う巨大な宇宙船を発見する。その船は20年前に消息を絶った超大型船シグナスだった。シグナスの内部へ入っていくパロミノ号のクルーたち。船の内部には大量のロボットたちがおり、人間はたった一人でブラックホールの研究を続けるラインハート博士のみだった…

 

率直な感想をまず述べさせてもらうと、面白くもないし、つまらなくもない(こういうのが映画の感想としては一番難しい)

ただ、黒歴史として抹消するにはもったいない作品だった。

 

 1979年のディズニーと映画界

感想の前に、まずは当時の状況を考える。この当時の状況こそが『ブラックホール』への過度な悪評の大きな要因な気がしているからだ。

1979年のディズニーというと低迷期真っ只中だった。現在からすると考えられないが1966年のウォルト・ディズニー死去以降、方向性を見失ったディズニーはクオリティ・興行ともにどんどんと失墜していく。1989年『リトル・マーメイド』を口火としてディズニー・ルネサンスが始まるまでの約20年間はディズニーにとっての暗黒時代だった。

ディズニーは起死回生の一手を打つ必要があった。

この作品を取り巻く状況としてもう一つの大きな背景は1977年の『スター・ウォーズ』の社会問題にまで発展した大ヒット。それまであくまで子供向けのサブジャンルだったSF映画が一気にメイン・ストリームへと躍り出て、映画はブロックバスターの時代へと突入していく。

その特大ヒットを見て、ディズニーが「第二のスター・ウォーズを!」と産まれたのが『ブラックホール』ということになる。

 

 なぜ第二のスター・ウォーズになれなかったか

作品を見てみるとスター・ウォーズを意識しているのは一目瞭然で、はっきりとその影響をうかがえる。なんなら、やりすぎてパロディのようになっている節さえある。宇宙船の内部のデザインはほぼデス・スター、敵の兵士ロボットはほぼストームトルーパー。

たった2年でここまで真似して大丈夫?パクリって言われない?という気分にもなるが、当時の観客はそういう意味ではあまりガッカリしなかったのではないかと思う。むしろ、当時はスター・ウォーズのような映画をみんなが待ち望んでいたはずだ。それを満たしてくれそうな作品をディズニーが作っているという期待感があったからこそ、観客の過度な拒否反応を引き起こしたのではないだろうか。

 そしてスター・ウォーズに近いけれど決定的に違うもどかしさは残念ながら40年を経た今でもはっきりと感じることができる。

 

SFらしさ、スター・ウォーズらしさ、ディズニーらしさ

見た目や雰囲気はスター・ウォーズを目指しているが、あらすじを読んでわかる通り物語はかなり硬い真面目なSF作品だ。その静かで不穏な雰囲気とクライマックスに訪れるスターゲイトのシーンから、連想されるのはどちらかと言えば『2001年宇宙の旅』の方だ。

序盤を見ているうちは地味ではあるがこれはこれで面白いじゃないかと思える。

スター・ウォーズもどきとはいえ美術は見応えがあるし、アンソニー・パーキンスアーネスト・ボーグナインなど老齢だが実力派を取り揃え、演技的には文句なしだ。

 

しかし中盤以降、所々で大人の事情が見え始めて作品がほつれ出す。

まず見えてくるのは「スター・ウォーズみたいにしなければ…」という事情。

巨大な宇宙船の割に6人しか登場人物がいないこの作品で、レイア姫救出のような活劇パートが無理矢理組み込まれる。

 

もう一つは「ディズニー映画である要件を満たせ」という事情。

映画全体の雰囲気は通が好みそうな地味なSF作品なのだが、ディズニーのメインターゲットは子供。それならこんな企画にしなければいいのにとも思うが、地味な物語からバランスを取るためかなりの尺が本筋には関係のない子供を楽しませるためのパートに費やされる。

スター・ウォーズにおけるR2-D2C-3POにあたるロボットのV.I.N.CENT.(ヴィンセント)というロボットが主に子供向けパートを担うのだが、UFOのように空中を浮遊しながら大きな目がついている見た目はディズニーキャラクターらしい愛嬌があって嫌いにはなれない(スター・ウォーズっぽさとは程遠いが…)日本だとロボコンにも似たデザインで可愛いらしい。ただ、その可愛さは明らかに作品のトーンには浮いている。そしてこのキャラクターが中盤以降は単独行動を繰り広げ、敵兵士ロボのリーダーとシューティングゲームで勝負するというよくわからない展開へと繋がっていく。これがまた長い。

 

スター・ウォーズ的な活劇、ディズニーらしいファミリー感を元来地味な企画に組み込んだことで、互いに互いの足を引っ張る形になってしまった。第二のスター・ウォーズにもなりきれず、ディズニー映画としては地味、元々の硬派なSF映画としての魅力も伝わらない。

黒歴史のレッテルは過剰とは思うものの、典型的な失敗作ではある…

 

ブラックホール』と『海底二万マイル

しかし、最初に述べたとおり抹消するにはもったいない作品でもある。特に当時のSF映画の流れをみる上で、そしてディズニーの実写映画の系譜をみる上では面白い作品でもある。

 

スター・ウォーズ』と『2001年宇宙の旅』という二大巨頭にかなり引っ張られている作品ではあるのだが、見進めていくとまた別の着想元が見えてくる。未知の領域に漂う巨大な船と、マッドサイエンティスト気味なその船長。なるほど、これは『海底二万マイル』だ!シグナスはノーチラス号、ラインハート博士はネモ船長だ。ジュール・ヴェルヌSF小説の古典であり、映像作品ではもちろん1954年ディズニー制作の『海底二万哩』が鉄板だ。いわば、ディズニー実写映画の伝統とも言える『海底二万マイル』の舞台を深海から宇宙へと変えて作ろうとしたのがこの『ブラックホール』だったのかもしれない。

ディズニー版『海底二万哩』の最大の見所といえばノーチラス号のデザインの格好良さに尽きる。最新テクノロジーでありながら、スチームパンクな雰囲気もまとったあのデザインは1950年代に作られたとは思えない。そして宇宙版『海底二万哩』とも言えるこの作品でも超大型宇宙船シグナスのデザインはカッコいい!ここだけはスター・ウォーズっぽさからも逸脱し、全体がガラス張りのようなデザインで光を発している様はさながら宇宙に漂うシンデレラ城のようだ。主人公たちの宇宙船が近づき、一気に巨大な船体へ光が灯る。このシーンのためだけにでも、この映画を見る価値がある。

 

映画史的に見ると同じく1979年にはリドリー・スコット監督の『エイリアン』が世界に衝撃を与えることとなった。H・R・ギーガーによる生物的なグロテスクさとゴシック調の雰囲気が入り混じったビジュアル・デザインが『スター・ウォーズ』の先進性を刷新することとなるが、この『ブラックホール』を間に挟むことでその二作品の間にあるデザイン的な試行錯誤が繋がって見えるのではなかろうか。

 

たしかに失敗作ではある。だが1970年代後半に作られたSF映画として、ディズニー伝統の『海底二万マイル』ものとして見る価値はきっとある。ディズニーがスター・ウォーズの尻を追いかけていた時代を懐かしむためにも、せめて見れる環境にはしてほしい…。配信だけでもいいから、Disney +も出来たんだしさ。

 

 

 

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